1998年デヴェネシア(De Venecia)大統領候補の副大統領として立候補したが、フィリピンの大統領選挙は正副大統領の選挙が別に行われるため、デヴェネシア候補は落選、アロヨは
副大統領として当選した。同年6月
エストラダ大統領(Estrada)の副大統領に就任し、
2001年1月20日エストラダ大統領に対する
弾劾が成立すると大統領に昇格した。これに対してエストラダ派からアロヨ大統領の正当性を疑問視する声が高まり、最高裁判所の判決が下りているにもかかわらず、
デモ・
暴動や
反乱が起こった。アロヨ大統領は当初1期で退任の意向であったが、思い直して
2004年の大統領選挙に再度立候補し、次点候補に100万票以上の差を付けて当選した。しかし、公金を選挙資金に流用した疑惑が浮上して対立候補と揉めたが、2004年6月24日、議会によって当選を認められ、同30日
セブ島で大統領就任式を挙げた。