1964年秋の第11回
東京モーターショーに試作車としてトラックを出品し、翌
1965年5月に発売した。アンダーフロアエンジンの
コニー・360(AF7型)のシャシーにキャブオーバー型の車体を架装し、
スバル・サンバーや
ダイハツ・ハイゼットキャブなどに対抗しようとした製品である。「ワイド」の名は、当時のこれらキャブオーバー型軽トラック中、最も荷台が広かったことから名づけられた。翌
1966年6月にパネルバンのAF11PVが、二年後の
1967年4月に「ワイドバン」(AF11V)が追加された。ワイドバン」は車体左側に片開きのリアドアを持っていたが、右側はスペアタイヤ収納スペースで、テールゲートを含めて4ドアバンと称していた。
機構的にはボンネット型のAF7とほぼ共通で、ギアボックスの4段フルシンクロ化なども同時に行われた。AF7型が一足先に生産中止となった
1970年にはマイナーチェンジを受けて外観を変更し、既に
1969年2月以来、「日産コニー○○」に社名変更していた販売店で、
サニートラックや
キャブスターと併売されたが、同年10月、最後の23台を生産して愛知機械工業は自社ブランドの自動車生産から撤退し、販売店は再度「日産チェリー○○」に改組され、日産初の前輪駆動車・
チェリーの販売を行った。