ストラスブール(シュトラースブルク)の語源はドイツ語で「街道の街」であり、交通の要衝として栄える。ライン川にフランス最大の河川港をもち、交通の便の良さから商工業が盛んである。
ローマ人が都市をきずき、当時は「アルゲントラトゥム」とよばれた。
ローマ帝国がライン川を
ゲルマニアとの国境としていたので、この地はローマ領であった。4世紀以来、司教座がおかれている。455年に
フン族に破壊されたが、
フランク族によって再建され、のちに
神聖ローマ帝国に属した。
カトリック教会がシュトラースブルク大司教座を設置。毛織物業も発展成立し、交通の要衝でもあったシュトラースブルクは大いに発展する。支配者、大司教との長い闘争をへて、1262年に
自由都市となった。