はじめ、船舶用の装置に興味を持っていたが、
ポンプの考案を始めた。1698年6月2日、鉱山から排水する初期の蒸気機関の特許を取得した。1698年国王の前で実験に成功し1698年7月に特許を取得した。1701年、彼は特許の有効期間の延長を申請した。その結果、1733年まで21年の延長が認められた。セイヴァリが「鉱夫の友」('miner's friend')と命名したこのポンプは
ピストンを用いず蒸気の圧力による排水を行い、蒸気の凝集による負圧による揚水を繰り返すものである。この装置自体はまだ技術的に未熟なものであり、常に誤作動や爆発の危険を抱えていた。しかし、セイヴァリがこれによって取得した特許の範囲は火力によって、揚水する装置という極めて広いものであった為、1712年に
トーマス・ニューコメンがより先進的な蒸気機関を開発したが、セイヴァリの特許を使用しなければならなかった。ニューコメンのエンジンは高圧の蒸気に起因する危険を避ける為、大気圧で作動していた。ピストンを使用するアイディアは1690年にフランス人の
ドニ・パパンによって発明されていた。