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「ホンダ・プレリュード」||バイク-master.com [05/25update]

ホンダ・プレリュード wikipedia|無料辞書

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ホンダ・プレリュード(PRELUDE) は、本田技研工業で生産されたスポーツクーペスペシャルティカーである。

◆ 概要
1978年に、ベルノ店の発足と同時に同店向け専売車種として登場した。日本車初の電動サンルーフABS4WSATTSSマチック等、当時としては最新の技術や装備を積極的に装備していた。対抗車種に日産・シルビアトヨタ・セリカ等があった。初代で日本のスペシャリティー市場に先鞭を付け、2代目・3代目が人気のピークであった。S13型シルビアの登場、そしてミニバンブームの到来によってスペシャルティカー人気が下火となると、プレリュードは5代目で姿を消した。

◆ 歴史

◇ 初代(1978-1982年 SN型)
| 製造期間=1978年 ? 1982年
| 乗車定員=4人
| ボディタイプ=2ドア クーペ
| エンジン=EK型:1.8L 直4 CVCC SOHC
| トランスミッション=5速MT/ホンダマチック
| 駆動方式=FF
| サスペンション=前:マクファーソンストラット
後:マクファーソンストラット
| 全長=4,090mm
| 全幅=1,635mm
| 全高=1,290mm
| ホイールベース=2,320mm
| 車両重量=890 - 915kg
| 自由項目1(項目名)=
| 自由項目1(内容)=
| 自由項目2(項目名)=
| 自由項目2(内容)=
| 先代=
| 後継=
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1978年11月24日に、145クーペ以来の2ドアクーペとしてアコードをベースとして登場。ベルノ店専売モデルとして、NSXが登場するまではフラッグシップ(最上位車種)の位置付けであった。国内よりも海外での販売が好調で、約4年における総生産台数約31万3000台のうち、80%程度が輸出向けだった。
当時のシビック/アコードは、モノコックボディにサブフレームを付けた構造だったが、プレリュードではサブフレーム一体型のモノコックボディが採用され、フロントピラーも2重構造になる等、当時としてはボディ剛性に力を入れていた。サスペンションは前後共にコンベンショナルなストラットであるが、スプリング、ダンパーの中心軸がオフセットマウントされ、滑らかにストロークすることを意図して設計されていた。フロントサスペンションはバンプステア領域を意図的に設定し、ヨーゲインを高目にすることで操縦応答性を確保した。このためFFながらアンダーステアを抑え、コーナーリング限界付近ではリアから滑り始めるといったFRのような挙動を示した。このような特徴から当時の足回りとしては評価が高い。
エンジンは、当時のアコードと共用でEK型直列4気筒SOHC8バルブ1,750ccのCVCCエンジンを採用。その後改良を重ね、出力は90→95→97PSと進化した。1980年4月25日マイナーチェンジでは、酸化触媒付CVCC-IIとなり、ドライバビリティを向上させた。また当初 2速であったホンダマチックは、オーバードライブ付の3速となった。
初期型のシート表皮には通常のファブリックに加え、「XR」及び「XE」には海外高級車に採用されているコノリーレザーがオプションで選択可能であった。このモデルでは、国産初となる電動サンルーフが(「E」、「T」を除き)標準装備されていた。初期モデルでは鉄板のサンルーフであったが、中期型以降では格納式サンシェードを持つガラスサンルーフ(輸出用はアクリル樹脂製)が採用された。その他、視認性を高めるため、スピードメータータコメーターが同心となった集中ターゲットメーターが装備されていた。但し、北米向けは現地の声を取り入れ、モデル中期に通常の2眼メーターへと変更された。1981年10月の最終モデルチェンジで、トレイ形状のダッシュボード、メーター類、クルーズコントロール、ナビゲーションコンピューター等が変更された。オーディオ類はそれまでのロータリー式ラジオ+別体カセットデッキを廃止し、通常の1DIN タイプとした。最上級グレードとして新たに設定された「XXR」はフロントにベンチレーテッドディスクブレーキ(他グレードはソリッドディスク)、リアにソリッドディスクブレーキ(他グレードはドラム)、8inサーボ(他グレードは6in)が装備され、工場オプションで革シート+専用外装色(サボイブラウンメタリック・ツートン)の選択も可能であった。


◇ 2代目(1982-1987年 AB/BA1型)