リュブリャナ wikipedia|無料辞書
リュブリャナ(
Ljubljana, ドイツ語
Laibach(
ライバッハ), イタリア語
Lubiana, ラテン語
Emona)は
スロベニア共和国の
首都。11の特別市の1つにもなっている。スロベニア国土の中央で、
アルプス山脈と
地中海の中間に位置し、
サヴァ川へとつながる
リュブリャニツァ川の河口にある。北緯46度3分、東経14度30分。日本の
地図でも
第一次世界大戦以前の古い地図ではスロベニア語読みのリュブリャナではなくドイツ語読みのライバッハで表示しているものもある。
海抜298m。気温変化は、1月の3.4°Cから7月の21.9°Cの間である。平均年間雨量は1350mm。
◆ 歴史
紀元15年に
ローマ帝国の街
エモナ(Emona)が設立された。エモナは約500年間発展したが、
フン族に破壊された。6世紀ごろに
スラブ民族の
スロベニア人がスロベニアに定着して、1144年に
リュブリャナ城が建設された。そして現在使われている地名で記述されたのは、1144年(ドイツ語:Laibach)と1146年(Luwigana)が最初だった。
第二次世界大戦の1941年4月にリュブリャナは
イタリアに占領された。リュブリャナ中心市街の外部で起こったスロベニア人の抵抗運動が強かったため、1942年2月23日にイタリア軍は32Kmの
有刺鉄線でリュブリャナ中心市街を完全に囲ってしまった。それはヨーロッパで最も大きい戦時下キャンプであり、リュブリャナ中心市街へ入るには、イタリア軍の厳重なチェックポイントを
通らなければならなかった。
1991年にユーゴスラビア軍との
十日間戦争でスロベニアが独立を勝ち取り、リュブリャナはスロベニアの首都になった。
◆ 建築
リュブリャナはたびたび地震で荒廃した。1511年の大地震後、リュブリャナ市街は
ルネッサンス様式で再建された。そして1895年の壊滅的な大地震後は
新古典主義と脱退(
アール・ヌーヴォー)様式で再建された。このようにリュブリャナの建築物は様々な様式の混合である。
◆ 芸術
リュブリャナには、偉大なスロベニア人芸術家の美術品を所蔵している国立美術館と、1945年に建設されて主に近〜現代美術品を展示している近代美術館がある。
Metelkova(
メテルコワ)はユーゴスラビア軍に対する
カウンターカルチャーの中心地であり、そこの壁は
落書きで覆われている。
◆ 教育
◆ 名所
◆ 姉妹都市