日産・パルサー wikipedia|無料辞書
◆ 概要
◆ 沿革
◇ 初代 N10型(1978年-1982年)
:
チェリーF-?(F10型、1974年発売)の後継車種としてN10型パルサー登場。
:発売当初は
ファストバック(2ボックス)スタイルながら、独立したトランクを持つ4ドアセダンのみ。エンジンは直列4気筒
OHV1200/1400ccの
A12/A14型。駆動系の配置は、エンジン、トランスアクスルを上下(2階建て)に配する
イシゴニス式。サスペンションは前ストラット、後セミ・トレーリングアームの四輪独立で、スプリングは前後ともコイルスプリングを用いるなど、機構的には先代のチェリーF-?を踏襲している。また、1400cc車には独特のH形ゲートを持つクラッチレス
[クラッチペダルは無いが、電磁クラッチを用いており、シフトレバーに触れるとクラッチが切れる。変速は手動で行う。また、トルクコンバータも併用していた]MT(あるいは
セミAT)「スポーツマチック」車も引き続き設定された。デビュー時の広告では、パルサーを中心に、欧州を代表する小型FF車
フォルクスワーゲン・ゴルフ、
ルノーサンク、
ミニを並べ、「パルサー・ヨーロッパ。」と謳っていた。
;1978年9月
;1978年11月
:パルサーバン発売。
:コストと耐久性を重視してリーフ・リジット式を採用するのが常であるバンモデル(前身の
チェリー・バンはリーフ・リジット式であった)としては珍しく、リヤサスペンションをスペース効率に優れる横置きトーションバースプリングを配置したフルトレーリングアーム型独立式サスペンションとする事によって当時としては画期的な超低床レイアウトを実現していた。この超低床故にバックドア開口見切りを大きく下げており、結果リヤバンパーは極端に天地に薄いものとなっていた。この超低床を生かす事で小さな外観にそぐわない天地に広い空間を車体内部に構築していた。
;1979年8月
:パルサーバンが昭和54年排出ガス規制適合によりN11型系車となる。
:5ドアハッチバックを追加。
:基本的に4ドアセダンと同じスタイルのボディに、3ドアハッチバックと同じリアゲートを組み合わせたもので、4ドアセダンに比べリアシートのバックレストが可倒式になり実用性が増した。また、トランクの開口部が上方向に広がったが、開口部下端は4ドアセダンのバンパーレベルからテールランプ上端に上がった。
;1980年5月
:2度目のマイナーチェンジを実施。
:エンジンが
E型直列4気筒
SOHCの1300/1500ccに変更される。駆動系の配置は、エンジン、トランスアクスルを直線状に配する
ジアコーサ式となる。同時に
トルクコンバータと
プラネタリーギアを用いた一般的な構造の3速
フルATが開発され、「スポーツマチック」は廃止。また、バンの基本型式がN10型に戻る。モデル末期に大掛かりな機構の変更がなされたが、これは同年10月に発売のB11型
サニー(同車初の前輪駆動)のパイロットモデルとしての役割を果した。
パルサーは
レース活動が活発で、クーペによるワンメイクレースが開催された。1981年には
RACラリーに参戦。
File:Datsun-310.jpg|5ドアハッチバック
File:Datsun Cherry 5 door estate 1978.jpg|バン
◇ 2代目 N12型(1982年-1986年)