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「暴走族」||バイク-master.com [02/07update]

暴走族 wikipedia|無料辞書

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'''暴走族(ぼうそうぞく)とは、自動車オートバイに乗り迷惑な運転や騒音を伴って、交通法規の及ぶ公道上を走る悪質な集団のことである。

◆ 概要
自動車やオートバイには、なんらかの改造を施すことが多く、ほとんどの場合は違法改造である。一連の問題行動は、共同危険行為として罰せられる。2004年11月現在、共同危険行為で摘発された場合、最高で2年の懲役または50万円の罰金、違反点数25点が課される。このことから免許取り消し後の欠格期間(免許を再取得できない期間)が数年に及ぶ。このため、摘発された場合には、その後の就業が困難なものとなる部分もあり、取り締まりも年々強化されていることから、構成者の大幅な減少も見られる。
一方で、小人数で暴走するケースが増えている。このことは、「たまたまその場に居合わせただけ」という逃げ口が設けられるため、迷惑行為であっても従来の「集団」に対する取り締まり方法を適用し辛いという問題も生じさせている。
警察の分類では、大きく分けて「共同危険型」と「違法競走型」の二種の分類が存在する[外部リンク] 警察庁『平成16年 警察白書』「第6章 安全かつ快適な交通の確保 - 13 総合的な暴走族対策 - (1) 暴走族の実態と動向」

◇ 共同危険型暴走族
意図的に大きなエンジン音やクラクションなどの騒音を出したり、何台も車両を連ねて路上を占拠し蛇行走行などを行う形態の暴走族を、共同危険型暴走族という。一般市民を威嚇するなどの暴力的側面も併せ持ち、車両暴走をメインに活動していることを除けば、実質的に海外でいうストリートギャングに近い集団である。
19701980年代に大きく社会問題化したこともあり、一般に「暴走族」というと共同危険型暴走族の姿をイメージされることが多い。構成員の多くが少年男子で、女子のみの集団はレディースと呼ばれる。車両改造は、騒音を大きくしたり派手な装飾を施すことに費やされることが主で、かつてはスポーツバイクが主流だったが、近年ではスクーターやセダン型の四輪自動車など多岐に渡る。
不良行為少年の代表格と見られる事が多く、一種独特な服装や髪型などは、暴走族への所属有無に係らず1970〜1980年代の不良少年全般に広まっていた。ブームが終焉した後は通常のいでたちの者も少なくない。主に中学校の不良グループを単位に結成・加入勧誘がなされることから、交遊範囲は出身中学校の上下級生番長グループが中心で、構成員の主要な供給源となる校内粗暴集団に背後で大きな影響を及ぼしている。また暴力団の下部組織として機能、または同団体への加入斡旋の場となるケースも多い。参加は比較的容易にできるが、グループ内に見られる「掟」などのため脱退が難しく、掟を破るとリンチを加えるなどで拘束される。
一方で時代の変化と共に、掟の厳しさが青少年層に受け入れられ難くなり、1982年頃を境に規模は縮小傾向にある。基本的に、18歳または成人となる20歳をもって暴走族から足を洗い、その際に別の年少者を加入させるという慣習があるとされてきたが、後継者不足から勧誘ができずに引退の歳になっても足を洗えない者が出たり、人数不足を成人OBの再加入によって賄ったりするなどで、構成員が高年齢化する傾向もある。

◇ 違法競走型暴走族
高速道路や山間部の峠道、直線の続く一般道などで、猛スピードを出して走り抜ける形態の暴走族を、違法競走型暴走族という。本人らは共同危険型暴走族と同一視されることを嫌う傾向が強く、「走り屋」の呼称を好んで用いる。海外でいう'と同等の活動内容である。
正規のモータースポーツを真似た「レース」を無許可で「開催」し、大規模なものになると、パーキングエリアや沿道などに同好の見物人も擁する。活動内容の違いによって、環状の高速道路を周回する「ルーレット族(環状族)」、峠道で競走する「ローリング族」、峠道や駐車場などで車をスリップさせる「ドリフト族」、高速道路で限界速度を追求する「最高速」、一般道でドラッグレースを行う「ゼロヨン」などの種別がある。車両はスポーツカーなどの高速走行向きのものが主に用いられ、本格的に極限まで速度を高めるための車両改造には、共同危険型暴走族よりも多額の資金を要することが多い。一方で、改造にはあまり費用をかけずに、気軽に走るタイプの者も少なくはない。
19501960年代カミナリ族の嗜好を受け継ぐ形態であり歴史的には古いものであるが、1970〜1980年代に共同危険型暴走族が社会問題化した印象が大きく、一般的な認知度は低かった。1990年代以降になって、共同危険型暴走族の活動が比較的下火になったことで相対的に違法競走型暴走族の比率が高まったため、社会問題として注目されるようになり警察などの取り締まりも本格化してきた。被害の大きい峠道などでは、夜間通行止めにせざるを得ない状況にもなっている。
また、人間関係などに制約の多い共同危険型暴走族よりも楽に活動しやすいことから、従来よりも不良少年が違法競走型暴走族に流入する傾向にあり、活動内容的に差異が薄い者もみられる。

◆ 歴史

◇ 勃興
19501960年代頃から、富裕層を中心に当時まだ高価だったオートバイを集団で乗り回す若者が登場、マフラーを外してけたたましい爆音を響かせながら走り回る様から「カミナリ族」という呼称が生まれた。交通を妨げて疾走する事から交通事故が懸念されたものの、時代は高度成長期であったため、社会が大きく変容することのストレスを受けたモラトリアムの範疇として、マスメディア文化人を中心にある程度容認される傾向も見られた。
しかし1970年代になると、オートバイは低価格化とともに庶民へも普及し、とりわけ不良少年のグループに浸透していくと暴行恐喝事件を起こす傾向が強くなり、一般市民への暴力事件やグループ同士の抗争事件が社会問題として取り上げられるようになった。1972年富山県富山市中心部の城址大通りから端を発して全国に広がった騒動をきっかけに、「暴走族」の呼び名が広まり警察当局もこの名称を公文書に用いた[外部リンク] 警察庁『昭和48年 警察白書』「第6章 交通安全と警察活動 - 4 交通指導取締り - (5) 地方都市に多発した暴走族騒ぎ」。東日本では1972年頃からグループ化が始まり、1974年には確認されているだけで86件の抗争事件が発生。1975年上半期の時点では、全国に571グループ、約2万3千人が存在しており