貴族が
朝廷の許可もなく、畿内の外に出る事は
律令法によって禁じられていたが、畿内の基準は古代から国都が置かれた
大和国を基準にしていたために、畿内の北東端・山城国の外れにある
平安京遷都以後は平安京から山一つ越えただけの近江国や丹波国へ出る事が禁じられ、平安京から数日かかる和泉や大和南部の方が規制が緩いという矛盾が生じていたという。なお、
江戸幕府の法令で
重追放を受けた場合の立入禁止地域には近江・丹波は含まれていなかったが、
京都で事件を起こした者に対してのみは例外的にこの両国と
河内国も含むこととされている。