下流部の流路上で近年まで中州があった一帯(福山市草戸町)は鎌倉時代頃から室町時代にかけ
草戸千軒町と呼ばれる都市があった。かつては
洪水により一夜で壊滅したとされていたが、昭和36年(1961年)から始まった遺跡の発掘により徐々に衰退したことがわかっている(詳しくは
草戸千軒町を参照)。また、このときの川筋は現在よりも東寄りであったが
江戸時代に
備後福山藩主
水野家により
城下町が作られた際に流路を整えられたが昭和初期の堤防決壊により市街が水浸しになった大水害を契機に国営の整備事業が行われほぼ現在のような流路となる。
国土交通省による平成16年度一級河川水質調査(2004年)
[外部リンク]http://www.kasen.or.jp/kasenlib/suishitsu.htmlによれば、中国地方の一級河川13水系の内、水質ワースト1位(連続31年間)、全国でも水質ワースト8位(ただし、これは全国一級河川1万数千の内、主要162河川を抽出比較したものであることに留意を要する)にランクしている。この間、全国でも汚染度が7〜8位で推移するなど、昭和40年代よりの汚濁化が深刻な問題となっている。流量の少なさ、下水道未整備地区の存在や
河口堰による汽水の消滅、干潟の埋め立てなどの環境への負荷が原因とされる。